本書の想定読者は、こんな人です

入省4年目の若手職員、吉川君(男性職員)は、ある日、上司の中山室長(女性職員)に呼ばれました。あるデータベースシステム開発の企画から要件定義、調達、開発、運用まで全てを担当してほしいとのことです。

「僕がですか?ITなんてまるで知りませんよ。」

そう。文系の大学を出て、入省後もITとは無縁の仕事をしてきた吉川君には、データベースシステムを導入するなど、どこか遠い世界の話で、そもそも何をどこからやれば良いのか、まるで知識がありません。

それでも室長は、この仕事を是非、吉川君にと言います。

「今の時代、役人だって、IT知らないじゃ通用しないわ。勉強のつもりでやってみてよ。」

吉川君は、不安に首を少しだけ傾げます。

「でも、本当に大丈夫ですかね、僕で。」

「周りの先輩達だって、みんなやってきたことよ。吉川にだって、できないことはないはず。」室長の顔に迷いはありません。生来、真面目な吉川君は、傾げたままの首を二、三回縦に振りました。

「わ、わかりました。まあ、これまでの調達仕様書とか見て、発注さえすれば、あとはプロであるITベンダーがやってくれるわけですからね。」吉川君の言葉に室長の目が少し厳しくなりました。

「ダメよ。ITに、そんなお客様気分は通じない。IT導入を行うなら、どんな業務を実現するために、システムにどんな機能や性能を持たせるのかを自分で考えなきゃいけないわ。そこをいい加減にやってプロジェクトが失敗して、発注者側が裁判でも負けたなんて例もあるんだから。」

「システム開発の失敗が客の責任になっちゃうんですか?」

「それに仕事は発注までじゃない。ベンダーの作業中も、その進捗とか課題をしっかり観察して、場合によっては、こっちから是正指示をしなきゃいけない場合だってあるのよ。」

室長の言葉に吉川君は唇を尖らせました。

「それじゃあ、システムが本当に作り終わるまで、こっちは気が抜けないじゃないですか。ただでさえ忙しいのに。」

中山室長は一旦、腕組みをしてから、ゆっくりした口調で言います。

「でもね、吉川。さっきも言ったけど、こういうITの発注は、これからの公務員が、どうしても避けて通れないことだと思わない?公務員のコスト削減や働き方改革だって、今、政府がやろうとしている重要な政策は、どれもIT抜きには考えられない。自分の頭の中にある構想を具現化するとき、どんな情報システムを作るかを考えて実現する力がどうしても必要だし、逆に、そういうスキルをつけることは、吉川自身の将来にとっても大事なことだと思う。」

「それは、まあ、そうかもしれないですけど。」

これからはIT抜きで仕事なんてできないし、その知識を得ておくことは、公務員にとっても必須と言うことは吉川君にもわかります。吉川君は尖らせた口を元に戻しました。でも、傾げた首は、まだそのままです。必要だと言うことはわかっても、そもそも何から始めたら良いのかすら、よくわかりません。

「でも、ITの発注って何をどうすれば良いんだか・・・」質問する吉川君に、今度は中山室長が首を傾げます。

「デジタル庁Webサイトに載ってる、デジタル・ガバメント推進標準ガイドラインと解説書、読んだんでしょ?」

「いや、それは読みましたけど。。。」吉川は言葉に詰まってしまいました。室長の言うドキュメントは、確かに一度読んだことがあります。IT導入で発注者側である公務員がやるべきことや考え方が、一通り書いてあったのは覚えています。ただ、それらは、どちらかと言うと、基本的な考え方やルールが中心で、読んでいても、いまひとつ、自分がなすべき作業の実感がわかないと言うのが正直なところでした。

「読むには読みましたけど、イマイチ、リアリティが持てなくて。例えば、要件定義で決めるべき事柄は分っても、実際、そのために、どんなドキュメントをどう作るのかとか、何に気をつけないと、どんな危険があるかとか、そう言うリアルなことが良くわからなくて。」

室長は小さく頷きました。

「そうよね。私もそう思う。」そう言いうと、室長は自分のパソコンを吉川君の方に向けました。

「こういうのが出たの知ってる?」

「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」

そう題されたPDFファイルが画面いっぱいに表示されていました。

「君が言うとおり、標準ガイドラインや解説書は、正しいことを正しく書いてはいるけれど、本当に職員が何をすべきか、何に気をつけるべきかってことに関して、実感を持って伝えるものじゃない。だから、そう言うこと、つまり、実際に役人がすべきこと、作るべきものについて、実例なんかを元に具体的に書いたのがこれよ。」

「ちょっとすみません。」

吉川君は、そう言うとパソコンを自分の方に引き寄せ、表示されたPDFファイルを数ページ進めて見ます。IT導入において、実際に作るべきドキュメントの例や、失敗から得た知見などが、工程ごとにまとめられている。確かに、これなら、各工程で自分が成すべきこと、注意すべきことが、リアルに実感できそうです。

「これを見ながらやれば、IT素人の吉川でも、なんとかやっていけるんじゃない?」中山は微笑んだが、吉川は、まだ少し首を傾げたままだ。

「内容はいいですけど、でも、これ全部読むんですか?何百ページもありますよ。」

「馬鹿ね。こんなもの最初っから最後まで読み通す必要はないのよ。そもそもそんなことしたって、頭に入らない。」

「ですよね。」

「これはね。”辞書”なの。自分が作業をしていてわからなくなったら、その部分だけを見ればいい。調達仕様書って何を書くのか、プロジェクト管理って何をするのか、疑問にぶつかった時に、その部分を参考にする。だったら、そんなに手間もかからないでしょ?」

「そう言うことですか。」吉川君は、再びPDFファイルを眺めて、やがて大きく頷きます。

「わかりました。やってみます。」吉川の首が、初めて真っ直ぐに戻りました。

こうして吉川君は、慣れないIT導入の仕事に取り組むことになりました。さて、読者の皆さんは、いかがでしょうか?もしかしたら、吉川君と同じようにITに関する知見に自信のない人も多いかもしれません。この「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」は、標準ガイドラインに従って、IT導入の仕事を進めるとき、具体的に何をすべきかと言うことを、必要な部分だけ拾い読みできるように構成しています。IT導入でわからないことがあったときには、是非、このガイドブックから必要な部分を参照しながら、円滑なIT導入の役に立ててください。